2010年 乗鞍滑降転倒事故顛末記

5月15日は、快晴で多くのスキーヤーが乗鞍につめかけておりました。石松寝坊して、ゆっくりスタートしました。昼過ぎに肩の小屋まで着いて、頂上はあきらめて、トレースの空きをみつけて滑走にはいりました。

 写真のように小回りきゅるきゅるとしながら絶好調で大雪渓を一気に滑りおりました。

板もよく滑り調子にのって直滑降で位ヶ原から林間コースに突っ込んでいきました。斜度が平地になるところで若干ウェーブになっている地点を直滑降で50−60Kmで通過していた瞬間板の先端が雪面に食い込んで見事に宙返りを打って、雪面に左肩を強打してしまいました。

 肩がジーンとして、動けないではありませんか、これは、骨折だと直ぐ判りました。

5月15日位ヶ原から下の林間コースで高速で転倒して鎖骨骨折しました。多くの山岳関係者の皆様のおかげで、無事、信大病院まで県警ヘリで搬送されて、救助されました。
この場で、お世話になった皆様へ感謝を表し、2度とこのような事故をおこさないように
記録を残すものであります。
遭難の写真は、ちば山の会様のHPの山行記録写真をご覧ください。


 ●石松1時20分に滑降開始して13時38分くらいに事故が起こりました。

この写真奥で、左曲った地点で転倒骨折しました。平地でこけると怪我が大きくなります。

位ヶ原をとっつきの急斜面をさっさと滑りおりて林間コースにはいるところ、雪が良くて
ご機嫌になって直滑降で写真下の左カーブまで突っ込んでいきました。その直後にトップが雪面に刺さって、宙返りを打ったのが
事故の原因で
す。

この写真が最後の写真で1時35分となってました。
 ●初期救助
 左肩を強打して、雪面に仰向けに倒れたまま、身動きできない状態で数分いると、近くで休憩していた登山者2人組様(栃木の山岳会の男女)が駆け寄ってきてくれました。次々に下山する方が駆けつけてきてくださって、次に、埼玉の山スキーの男性お一人、次に、千葉山の会の5名様が石松の安否を尋ねてくれました。埼玉の男性が電話で警察に連絡をしてくれました。
 警察は、鎖骨だろうから、固定して歩いて降りてくるようにと主張しましたが、石松、身動きとれないので、ヘリで救助を希望しました。 時間にして1−2時間かかったでしょうか、次々と山スキーヤーが降りてきてどうしたどうしたと言っては、滑って下っていく間、最初に駆けつけてくださった計8名様はずっと石松の救助のために残っていただいておりました。 3時近くなると、あたりも寒くなって来たので、石松のザックからジャンパーをだしてかぶせてくれたり、アメをしゃぶらせてくれたり元気付けてくれたり、お世話になりっぱなしで、肩の痛さより、これだけ、皆さんにご迷惑をかけてしまうことが気になってしょうがありませんでした。特に、千葉山の会の皆様は、遭難救助のご経験が豊富で、 ヘリで吊り上げられるときの持ち物の準備を説明してくれました。 ヘリの状況によっては、ザックを持ち上げてくれない場合があるし、余計な荷物は
運んでくれないとのご説明でした。そこで、ザックの中に手袋帽子などを詰めて、スキーストックは、あきらめようかと思いましたが、栃木の山岳会の方が徒歩だったので、背負ってスキーとストック運んでいただくことになりました。三本滝の石松の車の下に置いていただくことになりました。お気に入りの2005年版TM22でしたので、感謝感激でした。・


●県警ヘリ 写真は、ちば山の会様写真集へどうぞ

もうあたりは日差しがなくなって、だんだん寒くなってくるころようやく県警ヘリが飛来してきました。一度林間の上まで来て、一旦引き返して数分後に20mくらい上にある広めの場所の上空でホバリングしてます。そこから、救助隊員がするすると降りてきて、一旦ワイヤーをヘリに戻して、石松を立ち上げさせて、ヘリの直下までつれて行ってくれました。直下はすごい風で、支えられてない吹き飛ばされそうな風速です。ワイヤーが降りてきてフックをかけてもらって、救助隊員さんと一緒に吊り上げられました。ヘリに転げ込むように乗り込んで、じっとしておりました。操縦士2名と救助隊員3名様がいました。松本の信大病院の救急救命センターに向かうそうで、松本盆地をめざして高速飛行しました。たった20分程度でした。
初めてヘリにのりましたが、音がうるさいのが印象に残りました。
 救助隊員さまって、体をはって人を助けているんだということを肌で感じました。こういう人たちがいてくれることに、頭が下がる思いです。県警にはスピード違反でしかお世話になったことがなかったのですが、、県警が身近になりました。
●信大病院
松本市内の信大病院の屋上にたどりつきました。屋上には、医師や看護士さんが10数名待機しておりました。テレビでみる救急救命の絵とまったく同じ状況でした。お医者さんたちは、すごく真剣で、1階の救命処置室まで運ばれて問診と検査を迅速に行っていただきました。レントゲンを寝たまま撮って鎖骨だけと判った時周囲の医師達がほっとしたようで、5−6名いたお医者さんが次々と去っていきました。最後に整形の先生がいらしていただき、この怪我では信大病院では扱わないからどこかの病院に紹介するから行ってくれとのことで、いつもお世話になっている松の内病院というと紹介状を書くから丸の内の整形に行くようにといわれました。
 いずれにせよ、大事ではなかったとのことで、一安心で、家族が駆けつけてきたときは、もう、立ち上がって歩くところでした。


 帰り際に、県警から電話があって、事故報告を口頭でおこないましたが、単独登山で、登山計画書をだしていなかったということで、平謝りに謝りましたが新聞記事になるかもしれないからと念をおされました。 大騒ぎして県警ヘリまで手配したのに、鎖骨骨折で信大が扱わない程度の怪我
だったので、県警担当の方も拍子抜けしたようで、申し訳なく感じました。

 翌日の市民タイムズの社会面山岳事故が載ってしまいました。(ちば山の会さまの写真集リンク)数ヶ月後に判ったのですが、医療業界の新聞にも載ったそうです。医師の知り合いからだ大変でしたねといわれました。地元新聞だったので、町内会の方は、皆読んで知っているみたいでした。
●治療
  5月15日に信大でクラビカルバンドという背負子のようなバンドで両肩を固定してもらって、自宅に帰ってベッドで寝込んでいました。17日に丸の内病院整形外科に行って、CTをみてみると、大変な結果がわかりました。鎖骨が粉々に壊れていて、跡形もありません。粉砕骨折といって、手術してチタンプレートとステンレス針金でしなりあげて、最低2−3週間入院が必要で、片手しか使えない状態が2−3ヶ月かかるのが相場との診断でした。 しかも、手術の日程で空きがなく、27日手術ということで、10日間自宅療養となってしまいました。骨折のままで10日放っておくのもどうかと思ったが、やはりぎりぎりの日程だったらしいです。5月26日に入院して、27日に手術したのですが、1時間以内ですむはずが2時間半かかってしまいました。後で主治医から聞いたら、あまりにも粉々に砕けていたので、骨片を全部体外にだして治療台の上でジグソーパズルのように並べてみて、プレートと針金組み立てて、形が出来たところで体内にいれて、骨と接合させてその周りに筋肉と血管を這わせて再生させたそうで、先生は、数十年の手術経験のなかでも数例しかないほどのひどい骨折であったと感激されてました。

   ということで、通常の鎖骨治療とはちがって、安静を徹底したため、左肩の固定徹底して行いました。その後、これが、原因となって、左肩の筋肉群が硬直してしまい。骨がつながっても、腕が上がらないという症状が6ヶ月続いてます。現在は、何とか、日常生活はできる状況ですが万歳姿勢は、左が下が  った状態でしか出来ません。 結局、左手が自由になってから退院ということで、7月4日まで40日間入院していたことになりました。その後も週3回リハビリに通って、11月まで40回もリハビ通院をしたことになります。その間、リハビリの女性理学療法士のN様に非常にお世話になりました。丸の内病院さまには、現在も内科に通ってお世話になってますが、アットホームできれいな病院なの   で、信大よりは入院環境がいいと評判です。

●事故分析
@無謀なスピードをだして滑った。(50−60Kmはでていた)
  スキー場でもない山スキーでこんなスピードすべること自体が無謀でした。
A斜面から平地に変化した瞬間に転倒した
   斜面でこければ重力のタンジェント成分しか衝撃力を受けないので、怪我は小さかったと思う。
Bウェアを着てなかった。
  通常の山スキー滑降の場合は、大事をとって、ウェアをを必ず着て、帽子も毛糸の深いものに交換するのですが、この日は、天気のよさと雪面が良かったため、油断してスキー場の春スキーのようjな滑降で、シャツだけで滑りおりた。もし、ウェアを着ていれば、鎖骨ダメージは少なかったと思われます。
C単独であった。
  単独であったため、警察への通報も携帯電話をザックからとりだせず、GPSもザックからとりだせないまま仰向けに倒れこんでいたので、もし、平日の乗鞍だったら、そのまま夜をすごしていたかもしらなか った。ビバーグのためのツェルトは装備を持っていたので、凍死することは無かったと思うが、相当の遭難事故となって全国紙に載ってしまう山岳事故になっていたかもしれない。
  たまたま、ハイシーズンで多くの山スキーヤー、登山者が居てくれて、なおかつ昼過ぎ一番に滑降したため、発見が早い時間であったこと、登山経験が豊富人たちがたまたま、通りがかって親切に、救助していただいたことが幸いしたと思います。これからは、山スキーは単独行はしないようにします。
Dスキー姿勢
   何故トップが雪にささったかということですが、ウェーブ気味であったのと、黒かったので黄砂気味で摩擦が高かったことところに、直滑降だったのでテレマーク姿勢をとっていなかったためつんのめってしまったと思います。テレマーク姿勢をとっていた宙返りしせずに、うまく後傾姿勢でうまく逃げ切っていたと思います。テレマークスキーでアルペン姿勢は禁物ということを悟りました。

●最後に
  退院してから、救助していただいた8人様に連絡をとって、気持ちばかりのお礼をさせていただきましたが、ちば 山の会様は、HPで記録を残していただいたりして非常に感謝しております。埼玉のスキーヤー様、栃木の山岳会のお二人様にも、感謝でいっぱいです。
  たとえ、乗l鞍でも山岳登山活動ですので、これからは、慎重に行動することが大事だと再認識いたしました。次回の山スキーは、これらの教訓を生かせる状態でなければ行かないことを肝に銘じてテレマーク活動をおこないたいと思います。

   今回の事故に関係して、皆様に全員に感謝とお詫びをさせていただきます。